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星の王子さま

星の王子さま
サン=テグジュペリ 作
内藤 濯 訳
岩波少年文庫

タイトルがよく知られている本だ。
「ほんとうのことは目には見えないんだよ」という一節がコマーシャルに使われたこともあった。このタイトルや、愛らしい王子の絵を見て手に取ってみる人も多いに違いない。しかし、この本の外観やタイトルが与えるであろう印象とこの本が真に顕わそうとしていることとの間にこれほど大きな開きがある本も少ないのではないか。

この作品はサン=テグジュペリの全てが凝縮されたものといっていいと思う。「星の王子さま」は、それまでに書かれた「人間の土地」、「南方郵便機」、「夜間飛行」などを読むと、その一節一節が奥行きを成し、意味が立ち上がってくる。人間について、特に、人と人との関係、人と自然との関係が、サン=テグジュペリのどの作品にも共通して地下水のように流れている。サン=テグジュペリの作品について、どんな言葉で何を言っていいのか、私にはよくわからない。私の百言よりも以下の抜粋を味わっていただきたい。

人間の土地 - 堀口 大学 訳 
ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。、、、中略、、
あのともしびの一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原のなかにも、なお人間の心という奇蹟が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、打ち明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に関する計算に没頭したりしているかもしれなかった。また、かしこの家で、人は愛しているかもしれなかった。それぞれの糧を求めて、それらのともしびは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っていた。中には、詩人の、教師の、大工さんのともしびと思しい、いともつつましやかなのも認められた。しかしまた他方、これらの生きた星々のあいだにまじって、閉ざされた窓まど、消えた星々、眠る人びとがなんとおびただしく存在することだろう、、、。
努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ。ーーー人間の土地より引用

堀口大学の訳もすばらしい。深く味わうことの出来る訳文はめずらしいが、氏の訳文はそれ自体文学作品といってもいいような言葉の選択がなされている。ずいぶん昔のことになるが、上田敏という翻訳家がいて、ポール・ヴェルレーヌのヴィヨロンとかいう詩を、「秋の日のヴィヨロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し、、、」と翻訳して、原作を凌ほどのすばらしい訳だ、と評されたことを記憶している。文学作品は翻訳者にも気を配って読みたいと思う。

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
Antoine de Saint-Exupery
1900年フランスのリヨンに生まれる。大学入学資格取得後、1921年兵役に服して空軍に入り、翌年、予備少尉に任官。1926年ラテコエール航空会社に入り、ジャン・メルモーズ、アンリ・ギヨメなどと共に、フランス民間航空の開拓者の一人として、不朽の名をとどめる。1932年以後はテスト・パイロット、ジャーナリストとして活躍。1939年、第二次世界大戦勃発とともに予備大尉として召集され、偵察飛行に従事。休戦後は一時アメリカに亡命したが、1943年、北アフリカで再編された原隊に復帰。1944年7月、フランス本土偵察のためコルシカ島ボルゴ基地から出撃後、未帰還となった。ドイツ戦闘機に撃墜されたと推定される。作品に『南方郵便機』(1929)『夜間飛行』(1931、フェミナ賞)『人間の大地』(1939、アカデミー小説大賞)『戦う操縦士』(1942)『ある人質への手紙』(1943)『星の王子さま』(1943)などがあり、1948年には未完の大作『城砦』が刊行された。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。ーーみすず書房、サン=テグジュペリ・コレクションのサイトより引用
by cahiersauvage | 2010-04-06 08:03 | 本の紹介