カテゴリ:本の紹介( 84 )

外套
ゴーゴリ
平井 肇 訳
岩波文庫
友達のブンさんがロシア文学を読み始めたというので、胸にふつふつと懐かしさがわき上がって、大昔に読んだ、そして今も大好きな、ゴーゴリの「外套」を本棚の奧から引っ張り出してみる。これはうだつの上がらない万年9等書記官のアカーキイ・アカーキエヴィッチの物語である。
「或る省の或る局に・・・併し何局とはっきり言わない方がいいだろう。おしなべて官房とか聯隊とか事務局とか、一口にいえば、あらゆる役人階級ほど怒りっぽいものはないからである。今日では総じて自分一個が侮辱されても、なんぞやその社会全体が侮辱されでもしたように思いこむ癖がある。」-本文より引用
冒頭の引用だけでロシア文学であることが分かるほど、ロシア文学にはその文体に特徴がある。とにかく、何を描写する際にも、微に入り細を穿っているのである。このようなごく微少な砂粒のようにも思われる一つひとつの言葉を膨大に集めることによって大きな精密画が描かれる、ロシア文学はそんな感じがする。一つひとつの言葉が愛おしくなる。
この話はそれ自体も大変好きだが、この訳文がとても良い。訳文に使用してある漢字一つひとつ、言い回し一つひとつの細やかさを充分堪能して欲しい。日本語が本来のまろやかさを失っている今日ではなかなか味わえない文章だ。
これは1938年の初版である。あの時代だからこそできた訳文かもしれないと思うと、ちょっと悲しい。それとも、今以てこの本が出版されているということに幸運を見いだすべきか。
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by cahiersauvage | 2011-02-28 21:31 | 本の紹介
遊びの博物誌
新・遊びの博物誌
坂根 巌夫著

娘たちが保育園や小学校の頃にわたしが読んだ本。

遊びとは何か。その神髄がここにある。こどもたちはお仕着せの形や既成概念にとらわれることなく、身の回りのありとあらゆるもので、遊ぶことができる。これこそ遊び、即ち創造性の原点だ。そんな原点を是非とも確保しなければと思っていろいろな本を購入したが、これはその中の一つだ。目次を見ると、「本でない本」「無限音階」「匂いの地図」「不可能な形」「隠し絵」「歴史の造形」「いたずらペンダント」といったタイトルが並び、エッシャーのだまし絵から、数学者が考案したというゲーム、迷路など、様々な種類の遊びが紹介されている。

自分で作れるものは少ないが、わたしは「回転する蛇腹」というのを作ってみた。円に構成された蛇腹が内側から外側へと回転するというものだ。それぞれの面に絵を描いておくと面白い。

この本は実際に作ってみるための本ではなく、遊びとは何かをつかむための本であり、親や保護者が読んで、自分の暮らしに活かす本だ。

この本は現在絶版になっているが、古書として販売されている。是非おすすめしたい一冊だ。子どもを育てているいないにかかわらず、みんなが楽しめる。ユーモアもある。
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by cahiersauvage | 2011-02-22 08:40 | 本の紹介
キャッチコピーの表現別グラフィックス
発売元:パイ・インターナショナル

一言で人の心をつかむキャッチコピー、言葉好きのわたしにはたまらない一冊だ。これも誕生日のプレゼント。わたしのことを充分理解しているねぇ。もっとも、漏れ聞くところによると本の選択にはずいぶん迷ったらしい。つまらない本を見たときの般若のようなわたしの顔を想像して恐る恐る選んだのか知らん?

この本に説明は要らない。本屋にさりげなく入店し、優しそうな店員がいることを確認し、平置きになっているであろうこの本を手に取り、じっくりと隅から隅まで見て楽しんでもらいたい。
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by cahiersauvage | 2011-02-19 06:30 | 本の紹介
あるシュタイナー幼稚園では水曜日がスープの日。この日は各園児が自分のところで採れた野菜(買ってもよい)を一つずつ持ちより、全部を鍋に入れて茹で、醤油だけで味付けして食べるそうだ。

自然のものになるべく手を加えず用いるというシュタイナー思想を実践したものだ。大人にとってはこのスープがおいしいとはお世辞にもいえないと思うが、ものの原点を知るという意味でとても大切なことだと思う。すべてのものは原点から出発するのであり、大人がうまいと思う複雑な味付けや香辛料をたっぷり使った手の込んだ料理から素材自体の味を知ることは難しい。まだ味覚が確立していないこのころだからこそできることだ。

このことからわたしは子どもの遊びを連想した。例えば複雑なゲームをすると、それができるようになった後に確かに達成感はあるが、それから何が生まれるだろうか。一方、粘土や木や水などで遊べば、子どもの想像力、創造力は限りなく発揮される。粘土や木ぎれは船にもテーブルにも羊にも、それこそ何にでも子どもの思うものに変身できるのだ。うちの子が保育園の頃には板きれのお皿に泥で作った団子やカレーなど、ありとあらゆるものを乗せてわたしに食べさせてくれた。木ぎれも泥の固まりも、子どもたちにとっては本当の皿であり、カレーになることができるのだ。こんな並はずれた創造力はこの頃にしか発揮できない。

ものの味についても、まず素材の味をしっかり確立させることによって複雑な味の組み合わせということが可能になるのではないかと思う。わたしは料理があまり得意ではないので偉そうなことはいえないが、料理の達人はよく「素材の味を生かしたい」といっているから、素材の味を知るということは正しいと思う。

人にはそれぞれの時代にしかできないことがあり、これを大切にしたい。
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by cahiersauvage | 2011-02-18 08:16 | 本の紹介
子どもの創造力を邪魔しないためというのがその目的だ。なるほどと思う。演出をすればするほどイメージはその演出の範囲に限定される。かねがね、物語をアニメーションにすることに懸念を感じていた。例えば「ハイジ」はもともと字で書かれた物語であり、わたしは子どもの頃に夢中になって読んで、おじいさんの住む山や、屋根裏部屋のハイジの部屋、山羊の乳を搾って飲む光景、それからとりもなおさずハイジ自身も、わたしだけのハイジが存在した。ところがあのようにアニメーションになってしまえば、それを見た子どもの「ハイジ」はすべてがアニメーションに描かれる漫画のハイジになってしまう。これほどつまらないことはない。物語は自分の想像力を思う存分発揮できるところにいいところがあるのに。その結果一人一人にそれぞれのハイジが存在することになる。何でも画一的なものはつまらない。

想像力を含め、子どもの考える力、作り出す力は小さければ小さいほど無限であり、これを限定するようなものは回避したいと思う。
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by cahiersauvage | 2011-02-17 08:49 | 本の紹介
現代語裏辞典
筒井康隆

わたしの読書熱は周知してあるので、誕生日には本を贈られる。

この本はタイトルから分かるように言葉の裏の意味を集めたもので、日常の常識から逸脱した思考回路を作ることができる。

拷問:他人の体を用いて苦痛の極限を研究する行為。
公約:果たさずとも罪に問われない約束。
ピアフ:「バラ色の人生」ではなかった。
保守:怖いからこのままでいようよ~。
以上本文より引用。

などなど、、、皆さんも楽しんで欲しい一冊。
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by cahiersauvage | 2011-02-16 11:09 | 本の紹介
わが亡きあとに洪水はきたれ!
斎藤茂男

久しぶりに社会批判の本を読んだ。これはツイッターでフォローしているブンさんという方が言及されていたもので、興味をひかれて読んでみた。

「豊田市の財政を見てみよう。税収のうちトヨタ自工の占める割合は圧倒的である。法人税80.7パーセント、固定資産税は土地家屋関係36.8パーセント、償却資産68パーセント、都市化計画税42.1パーセント、電気ガス税49.8パーセント。、、、
トヨタ自工本社の所在地は豊田市トヨタ町1番地。七つの工場の所在地も、すべて1番地だ。、、、」(本文より引用)

今や世界一となったトヨタ自動車と市の名前まで変更した豊田市とはこんな関係にある。そこで、産業ロボットのように働く労働者の実情が数多くの実例と共に紹介されている。

他にソニーやパナソニックなど世界に冠たる企業の労働の現場が紹介されているが、いずれも労働者の置かれている立場には共通点が多い。決して気持ちよく読める本ではないが、しかし目を背けてはいけない本だ。

世界一になるということはこういうことだという、端的な実例だと思う。

余り目を向けたくない現実がここには書いてある。

しかし、一方で美しい緑の中に立つ工場を、「そのさわやかな風を拒絶するように建つ」などと表現するなど、大企業を悪とする著者の偏見もややあるように思う。
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by cahiersauvage | 2011-02-15 14:22 | 本の紹介
七歳までは夢の中
松井るり子
学陽書房

この間出会った「輝く人」の口から出たシュタイナー。リトミックの発案者だとばかり思っていたら、かなり深い思想を提示していることが分かって、早速読んでみた。

最初に届いたのが「七歳までは夢の中」。この本はシュタイナー教育を実践している小学校と幼稚園の模様を保護者の目線で記したものだ。私にとっては大変示唆に富む内容で、しかも、私の信じるところについて裏付けを与えられた気がして、気分良くあっという間に読み終わった。シュタイナーは自然の摂理ということを大事にしているらしく、子どもが使う粘土やクレヨンには蜜蝋粘土、蜜蝋クレヨンという、蜂が作り出す蜜蝋を原料とした物を使ったり、教員が身につけている衣服の素材や、子どもが使う布も自然素材の綿や絹を使っている。食についてもなるべく自然の物を食べることを心がけているようで、玄米や野菜スープを醤油だけの味付けで食べさせている。自然が提供してくれる物を感じさせ、ひいては自分とは何かを考え、自分が占める自然界での位置を感じさせるということに繋がると思う。

最初に出会うものは相当な影響があって、それによって良くも悪くも一定の価値観ができるように思う。自身を振り返ってみると、中学の時に初めて英語というものに出会い、その先生が発音する英語の音に私は感動した。以後、私の勉強といえば英語だけで、特に発音と抑揚は美しさを追求した。英語を勉強すればするほど日本語への興味も湧いてきて、大人になって英語の仕事をするようになってからは政治経済はもとより心理学、社会学、環境学、その他諸々も勉強した。世界で初めて青色の発光ダイオードを作ることに成功した中村修二氏は、その著書「怒りのブレーク・スルー」の中で、勉強は自分の好きなものだけすればいい、あとはそれを深めるに従って身に付いてくるものだ、と述べているがまさにそれが私にも当てはまる。

また、私の実家は農家であったため、おかずといえば野菜の煮物や揚げ物ばかりであった。子どもの頃、意識しないうちに本来の味を感じてそれをそうあるべきものとして位置づけられたということは、子どもを育てるときに大いに役に立ったと思う。子どもが嫌いなものでもすり下ろしたり細切れにしたりせずに、大きく切っておかずにした。それを好きになっても嫌いになってもかまわない。要は人参とはどういうものであるか、ゴボウとはどのような味がするものかを分かり、自分が好きか嫌いかを分かることだと思う。

この本の中に「作られたものより生まれたものの方がすぐれている」ということが書かれているが、とても共感できる。新しいものを作るためにはまず(自然界から)生まれたものを観察することは珍しいことではない。

初めて体験することの重要性を感じられる一冊だ。
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by cahiersauvage | 2011-02-11 08:05 | 本の紹介
悼む人
天童荒太

これまで相当数の本を読んできたが、そのどれとも全く異なる話。まず、その話の内容に興味を惹かれてどんどん読み進んだ。

書名のとおり、この物語は人の死に関するものである。人の死をどうとらえるか、この問題について最初から最後まで、三次元的に数人の人を登場させて描いている。構成としてもとても面白いと思う。内容をここに少しでも記したらと思うが、あまりに変わった話なので、それを記してしまうとこれから読む人には申し訳ない。

この本は「瞑想詩人」というブログの人がその読書録に記していらしたもので、この本のタイトルに惹かれたというよりは、ブログの文章に惹かれて読んでみようと思った。期待も何もしていなかったが、読み応えのある本だった。もう一度書くが、とても珍しい内容だ。文章は推理小説によくあるような文体で、それほど私の興味は惹かなかった。本屋の棚に並んでいるだけなら、決して買わない種類の本だった。ちょっとした収穫。
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by cahiersauvage | 2011-02-04 15:00 | 本の紹介
私たちが孤児だったころ
カズオ・イシグロ 著
入江真佐子 訳

久しぶりに時間に余裕ができたので、じっくり本を読んでみたいという欲求に駆られる。純文学を読みたい。文学はやはり原語でなくてはと思い、日本の作家を探したがなかなか思うようなものに行き当たらず、以前からちょっと気になっていたカズオ・イシグロの本を読んでみた。

「日の名残り」という映画をご存じの方も多いと思う。何年も前に観て大変気に入って、あんな感性を持つ原作者の作品を読んでみたいと思っていたのだ。原作を読もうと思ったが、止めた。あの作品の良い印象を壊したくなかったからだ。

選んだのは「私たちが孤児だったころ」。元々英語で書かれた本なので翻訳が気になったが、そんなことを気にせず読める良い訳だった。あの映画の印象と同じく、文章の密度が高く、丁寧に書かれている感じだ。

本を楽しむには話自体のおもしろさということがあるが、もう一つ私が期待するのは文体から得られる楽しみだ。じっくり楽しむにはじっくり書かれた本でなければならない。私が好きな種類の本は、絵にたとえるなら印象派の絵のように、ごく微細な一筆一筆によって描かれた深みのある人物像のような作品だ。大胆な筆使いで強いインパクトを与えるタイプの絵ではなく。一つ一つの文章が緻密に構成されて、深い陰影を帯びた巧緻な完成品となる、そういうタイプの本。この本はまさにそんな種類の本の一冊だ。

映画でも本でもほんの冒頭の部分で最後まで面白く楽しめるかどうかが分かる。カズオ・イシグロの本は、最初のページで最後まで楽しめそうだと確信した。
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by cahiersauvage | 2011-01-22 18:42 | 本の紹介