カテゴリ:考える( 32 )

先日、6年前に買ったファンヒーターが故障したので近くの家電販売店に修理に持って行った。

「修理できるのは5年までなんですが。」という修理担当者の答えを聞いたとたんに、わが胸の内には怒りの炎がめらめらと燃え上がった。5年とはなんだ!

もう何年も前になるが、14年も使った洗濯機が故障したので修理に出したら、さすがにもう部品を製造していないということで修理はかなわず、新しいものを購入した。14年の間に消耗品を二度交換しただけで、何の問題もなく良く働いてくれた洗濯機だ。衣類乾燥機もやはり10年を超えて稼働している。我が家にある電気製品はすべて修理しながら10年以上使ってきたが、この数年というものは新しいものの方が古いものより早く壊れる。修理に出そうとすると、物によっては新品を買うほども取られ、言外に買い換えをそそのかされる。

たとえ家電製品でもあるいはただのプラスチックの箱でも、長いこと使っていると角が擦れたり暮らしの傷が付いたりして味わい深くなり、愛着がわいてくるものだ。新品のものよりわたしは使い古した品物が好き。だから、あちこちを直して少なくとも10年は一緒に暮らしてきたのに、このごろでは5年しか一緒に暮らせないようになったらしい。

実はわたしは、多分みんながびっくりするような記録を持っている。10万キロが寿命であるといわれる車に24万キロを超えるまで何の問題もなく乗ったのである。もっともこれは大いに修理技術者が優秀であったせいだが、10万キロという世間の常識にめげずに大事に乗ったというわたしも偉い!実際、そんなに乗った人は初めてだというので自動車会社のホームページに掲載されたくらいだ。ホンダのロゴである。その後12年物の、今では希少価値さえあると思われるロゴに買い換えて、13年目の今も全く問題なく動いている。

物でも人でも、長く一緒にいると情がわいてくる。ちょっとくらい修理代がかかっても、見ず知らずの新しい物とまた一からやり直すよりも、慣れたものの方がよほど楽だ。こんなわたしの願いも、最近はかなわないものとなりつつある。
[PR]
by cahiersauvage | 2011-02-28 08:36 | 考える
たまにブログ探検をしてみる。ランダムに見ると圧倒的に多いのは料理と写真、ガーデニング。写真を中心にしているものが非常に多い。言葉に惹かれない限り、わたしはほとんど見ない。まずタイトルに興味を惹かれると文章を読んでみる。いくつも読んで見るが、他の記事まで読んでみようと思うのはなかなかない。

こんなふうにブログ探検をしていてあることに気が付いた。たまにコメントを受け付けていないブログがある。わたしにとって、コメントがなければブログの楽しみは無いに等しい。わたし以外の考え方やものの見方に触れるのは楽しいからだ。なので、どんな人がコメントを受け付けていないのか少し気にして見てみるとある共通点がある。ブログのタイトルに「大学教授の」という言葉があるものが多い。大学教授の見た~、とか、ある大学教授の日常とか。他に著名な人のブログにもコメントを受け付けていないものが目に付く。気のせいか知らん?
[PR]
by cahiersauvage | 2011-02-18 14:46 | 考える
聾唖者が大学を受験する、というニュースをやっていた。手話通訳ともうひとり何かの介助が必要だということだったが、受験を試みた20の大学のうち、介助を認めたのはたった2校だったという。
この他に、聾唖者の生活は社会からほとんど忘れられた存在で、社会的な位置づけが正しくされていないばかりか、正確な人数さえ把握されていないらしい、、、

こんな話を聞いて自分の国にげんなりした。

もうしばらく前にノーベル賞をもらったエライ先生が、一番じゃだめなのかという例の発言に、怒って反論していたが、それを聞いた隣の山の神みたいなおばさんが、「あの人らは、みーんな自分の力で賞をもらったんじゃとおもっちょるようじゃが、そんなこたぁないぞ。頭がええように生まれついたんじゃ。」といった。

自分たちが世界で一番になったのは、記憶力が良くなる遺伝子がたまたま発現したことと、たまたま自分が耳も聞こえ、子どもが勉強に打ち込むことが許されるだけの経済力を持った親の元に生まれついたから初めてなしえたことであり、一つ欠けても世界で一番にはなれなかったに違いない。つまりどんな人生でも半分は運命なのだということを努々忘れてはならないと思う。見えるように生まれるか、見えないように生まれるかは五分五分の割合であり、見える私たちはそうでないように生まれついた人のことを忘れてはならない。他の障害もしかりである。

これもしばらく前のことになるが、日本でただ一つ実力テストの受験を拒否した愛知県の犬山市の小学校の教育方針は、うちの学校は5の子もいないがしかし1の子もいない、全体が4くらいで落ちこぼれる子がいないようにするということであり、従って全国統一の実力テストには参加しない、と市長だか、教育長だかが発言していた。犬山市の小学校では、授業を理解できた子が理解できなかった子に教えるという方法もとっていた。

こんなことをしていたら日本は一番になれない。裏を返せば勉強が分からない子に時間をかけたりせず、良くできる子を更に伸ばすことをしない限り、世界で一番をめざすことはできない。残念ながら犬山方式は絶対少数派で、今となっては絶滅したかもしれない。

常に、自分よりも幸運に恵まれなかった人のことを忘れないようにしたいと思う。
[PR]
by cahiersauvage | 2011-01-29 21:17 | 考える
九州で火山が突然噴火した。地球は内に膨大なエネルギーを秘めているという、普段はすっかり忘れてしまっている事実を実感させる。

ガイア理論というものがある。地球を一つの生命体であるとし、地球自体がそこに暮らす様々な生物や植物と相互に健全な関係を保ち、自律的に存続しようとしているという考え方だ。20年も前に読んだ理論だが、それ以来私の頭の中にずっと残っていつも私の暮らし方の指針となっている。

地球は「母なる大地」という言葉もあるように、私たちが依っている基盤の基盤だ。その地球に迷惑をかけないように、ということを常に念頭に置いておけば、環境破壊などということは決して起こらない。「エコ商品」などという、あたかも地球に優しいような甘い言葉に乗せられて、今も使っている物を捨てて買い換えるということも起こらないはずだ。

ガイア理論というと難しいが、ちょっと周りを見回してみると、その理論を実感することはやさしい。身近なところでは、森は木の葉や朽ちた木だけを栄養にして立派に育っている。大きく見れば、海から立ち上る沢山の水蒸気が雲となって空にのぼり、雨となって大地を潤し、それを恵みとして植物や動物が育つ。人や動物がそれを食べ、排泄物が微生物に食べられ、微生物は植物の栄養となる。いろいろの物が様々に循環することで地球全体の状態が一定の状態に保たれているのだ。この微妙に調整された状態を乱し、例えば地球がそれ自体で修正できる能力を超えて、食物を効率的に作ってみようとか、物を沢山作って必要以上に儲けてみようなどという考えを起こすと、このサイクルが壊れ、環境問題が発生する。

人間も完璧に自然に沿って生きれば問題は起こらないが、それは今となっては非現実的だ。要は線引きと意識の問題だと思う。それから商業的な甘言に乗らないですむような知識だ。
[PR]
by cahiersauvage | 2011-01-28 11:28 | 考える

正月の花

実は正月に玄関に飾った花がまだそのまま置いてある。

金色に塗られた柳の小枝と葉牡丹、鞠のような菊、それから松の小枝。

葉牡丹は外側の葉が少し萎れているものの、他の花は全く萎れていない。枯れてもいない花をゴミとして捨てることはなかなかできない。金色の塗料を塗られた細い柳の枝を見ていると、息もできないんだろうなと悲しくなる。

切り花というのが、そういうわけで苦手だ。花を見たければ私の方で出かけていくことにしている。
[PR]
by cahiersauvage | 2011-01-19 11:49 | 考える
太陽と月と真実は、いずれ現れる。:仏陀
[PR]
by cahiersauvage | 2010-12-04 11:16 | 考える
ゆっくり育つ木は豊かな実を結ぶものだ。:モリエール
[PR]
by cahiersauvage | 2010-12-03 15:23 | 考える
青木新門著、納棺夫日記 を読んだ。この本は、映画、おくりびとが大変な話題になったのでご存じの方も多いと思う。この映画を見たときの感想は以前このブログにも書いたが、その生と死と関連づけが大変すばらしいと思って、機会があったらその基になった本、即ち 納棺夫日記 を読んでみようと思っていたが、それほど気が進まず、最近これといって読む本がなかったので、読んでみた。小説というジャンルであるとされているが手記のようだ。

題名のとおり納棺夫の日記。著者は小説家になりたかったそうで、それらしい文章だと思う。

が、この本からインスピレーションを得てあの映画を企画した本木雅弘という人は、まれな感性と深い思想の持ち主だと感じた。いわゆる芸能人の「芸」に感銘するということがほとんどない私は、珍しくこの人のことを少し調べてみると、紅白歌合戦でコンドームを首から提げた格好で物議を醸したとある。なるほど、やはりまれな、ユニークな感性の持ち主らしい。

タレントといわれる人たちがどれも似たようなしゃべり方や格好をする中で、この人はちょっと違う。本当の意味で「芸」がある人だと思った。そういう人がいると思うと、うれしい。
[PR]
by cahiersauvage | 2010-11-19 18:30 | 考える
昨日「カンブリア宮殿」というインタビュー番組を初めて見た。インタビュアーは村上龍と一人の女優、名前は忘れた。ゲストは蓮舫大臣。

蓮舫大臣が出るし、インタビュアーが村上龍だというので見たが、番組はちょっとがっかりだった。村上龍にがっかりした。

インタビュー番組というのは、ゲストの重要性もさることながら、インタビュアーが大事だ。どんな視点で何を聞き出すか、これによって番組が充実したものになるかどうかが決まる。

せっかく知識も豊富で考え方も大変興味が湧く人をゲストに迎えながら、質問がものすごく月並みでせっかくのゲストをすっかり無駄にしてしまっていた。

インタビュー番組で私がとても気に入っているのはBSフジのプライム・ニュースだ。反町理という男のキャスターと八木亜希子というアナウンサーが二人で様々な人をゲストに招きながら、いろいろな話題について話を聞く。テーマにする話題はほとんどがどこの局でも扱っているものだが、特に反町理が他にない視点から質問するので、話題がとても興味深いものになる。反町さんは知識も豊富だが、たとえ自分の詳しくない分野を扱ってもその質問がとても充実している。そのために、ゲストから十二分にその頭の中にあるものを聞き出すことができて、他では得られないような興味深い話が聞ける。

最近はコミュニケーション能力が問題になっている。人の話を聞き出すということは一つの技術に違いないが、何より知的好奇心があるかないか、これが問題だと思う。それから人への興味。これがあれば自ずと話が盛り上がると思うけれど、どうだろうか。
[PR]
by cahiersauvage | 2010-10-28 07:45 | 考える
チリの落盤事故の救出活動が終了して世界がほっとした。当初は全員助かるのは無理なのではないかと思っていたが本当によかった。

この事件は連日報道され、その全容を詳しく見ることができた。私はその報道を見ていて、事故そのものとは別のことを考えた。国歌だ。チリ国歌を歌う場面が何度も見られた。考えてみれば、欧米諸国ではうれしいにつけ、悲しいにつけ、群衆が一つのことを分け合っている時に国歌がよく歌われる。その場にいる全員が自分の国を誇りに思えるということはとてもすばらしいことだ。うらやましい。

日本ではどうだろうか。歌えといわれるので仕方なく歌うが、自然と口をついて出るという経験はしたことがないし、式典以外で君が代が歌われるのも聞いたことがない。

なぜだろうか。日本は国の存続が危ぶまれるようなことや、自分の国籍を意識しなければならないような状況は経験したことがない。愛国心を意識する機会がなかった。空気や水のように、必要だけれども努力しなくてもそこにある、そんな存在なのかも知れない。

もう一つ。メロディが湿っぽいということも理由としてあげられるかも知れないと思う。ほとんどの国歌はマーチなので、歌うと元気が出やすい。ラ・マルセイエーズは例えばフランスがオーストリアに攻めて行く際の事を歌った軍歌らしい。そうなれば元気が出て、一体感が生まれるのも当然だ。ここ一番という時に歌うのにはもってこいだ。他の国歌については知らないけれど、マーチばかりだということから、やはり進軍に関係しているのではないだろうか。

内容は様々にしろ、大事な時に国民の口から国歌が自然に出てくるということは本当にうらやましいと思う。
[PR]
by cahiersauvage | 2010-10-15 15:14 | 考える