カテゴリ:足るを知るものは富めり( 87 )

大きな牡丹雪が降ってきた。

今まで見たこともないようなおおきなの!

雪がすっかり溶けて茶色になっていた山があっという間に白と茶色の段だら模様に。

魔法みたい。

大きな牡丹雪が静かにふわり、ふわりと空から舞い落ちてくる。不思議な感じ。
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というわけで、昨日は従姉弟とその子供達、弟、父、娘とたくさん集まってくれて、ちょっと早い私の誕生日を祝ってくれた。こんなにたくさん集まるのは久しぶりで、とてもにぎわった。写真手前に映っている緑の服を着た若者はマジックの達人で、いろんなカードゲームをして楽しませてくれた。目の前でカードが消えたり、私自身がシャッフルしたにもかかわらず、彼の思惑どおりのカードの並び順になっていたり、我が目を疑うようなマジックばかりで、へぇ、すごいねぇ、を繰り返してみんなで大いに盛り上がった。

誕生日というのはいつになってもうれしいものだが、こんなに盛大に祝ってもらうとよけいにうれしい。今は独居老人で、周りの人が寂しいだろう等と言って同情してくれるが、私はそれほど寂しくない。それも、こんな風に、何かというとすぐ集まってくれる人びとがいるからだ。1人で住んでいても決して孤立していない。

半世紀以上も生きてくると、誕生日に思うことも大いにある。たくさんの失敗と成功によって今の自分がある。あまり振り返ることをしない私だが、誕生日には心の底に刺さっているトゲのようなことも、うきうきするような楽しいことも思い出して、ちょっと思索する。これまで何百何千という日常の小さな選択の結果が今の私を作ったからだ。

みんな、ありがとう。

これまでの失敗は、笑って忘れてね。
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この間降った雪がまだまだ庭に積もっているのに、またしてもこの間と同じくらい、つまり25センチも積もってしまった。葉を落とした木々の枝に積もる雪は綿帽子という表現がぴったりでとても可愛らしい。昨日は、朝、雪の具合を見ようとブラインドを開けると、山からごそごそ音がするので何だろうとそっちを見ると狐が茂みから飛び出てきた。しばらくあたりを見回していたが、あんまり開けているので不安になったのか、また用水を飛び越えて山の茂みに入っていった。なかなか精悍な顔つきの狐だった。これで狐を見るのは二度目。以前はまだ子狐らしいかわいい顔をしていた。夕べは確かにフクロウの鳴き声を聞いた。フクロウは今の季節でもいるんだろうか。狐やフクロウが前の山にいると思うと、それだけで楽しくなる。

今年はどこでも、例年より雪が多いということだ。雪を見るといつも「北越雪譜」を思い出す。新潟の雪の中の生活を記した古い書物だが、そのなかに、雪がきれいで好きだなどという言葉を聞くとあまりいい感じがしないというような意味の、地元の人の言葉が記されている。雪の深い地方ではきれいどころか、致命的にさえなる雪である。自家の方では降ってもせいぜい50センチ、雪下ろしを余儀なくされるほどのことはない。雪の大変な地方の暮らしを思い遣ると、軽々に雪を愛でるのもちょっと考える。

またこのごろは九州の方で火山が噴火して大変な火山灰が降って、大変なことになっている。雪なら溶けて流れるが、灰はそうもいかない。大変なことだ。
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この三日ばかりというものは雪が降って、降って、うちの庭はすっかり雪で埋もれてしまった。玄関より先は長靴でないと歩けない状態。

あたりはどこもここも真っ白の綿帽子をかぶって幻想的な風景だった。風景は激変した。

そんな雪も今日はやっと一息ついて、少し暖かかったせいか、朝はふわりふわりと牡丹雪が舞った。大きな牡丹雪で、ゆらゆら舞いながら落ちてくる。

静かだ。
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ニュースといえばあまり聞きたくないようなものばかりである中、養護施設にランドセルが届けられたというニュースがこのところ毎日のように聞かれる。世知辛いことばかりでつまらないと思っていたこのごろ、とても嬉しいニュースだ。

多くの人が、機会があれば内にある善意を何かの形で実行したいと思っているのではないだろうか。そのきっかけとして、このタイガーマスクの名を借りるということは、ちょっとかっこよくもあり、それでいて善意も実行できるとてもいい機会だったのだと思う。自分よりも幸運に恵まれない人のために何かできたらいいと私も思っているが、なかなか実行する機会がない。きっかけがないとずるずる後回しになってしまう。クリスマスにしていたユニセフへの寄付と、乞われたときにする寄付が私の善意だ。

一方、これが本当の善意なのか疑問だとか、一時的なものに終わってしまわないかとかコメントする人がいるが、詰まらぬ勘ぐりをするより自分もその一端を担ったらどうか。これが一時的であってもいいと思う。無いよりはとてもいい。最初の伊達直人さんも、その行為がこんなに広がって喜んでおられるのではないだろうか。こういうことはみんなで真似しよう。自分以外の人のことに配慮する余裕がいつも欲しいと思う。もちろん私も少額だけれど実践しました。
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明けましておめでとうございます。
今年も相変わらずよろしくお願い申し上げます。

さて、忙しい年末も過ぎ、あっという間に正月二日になりました。

またぞろ、子供の頃の話で恐縮ですが、子供の頃は正月といえば何か神聖な感じがするものでした。

晦日だけはお日様が高いうちに風呂に入って身を清めるのだが、もうこのあたりからうちの周りの空気がいつもより澄んでいるような気がしてくる。昼の日中に風呂にはいると、湯から立ち上る白い湯気が風呂場にゆらゆらとたなびいて、小さい窓からは明るい日差しが射し込む。

庭には門松を立てる。このあたりの門松は、雷みたいな形に切った和紙を松の枝にかけるというものだ。祖父はいちばん神妙な顔をして、八百万の神様達に囲まれてすっかりかしこまっている。この祖父の雰囲気が家族の者みんなに伝染して、子供もすっかりかしこまってしまう。神棚にはかち栗、昆布、干し柿を供え、柏手を打ってみんなで礼拝する。

それがすむと、そこここに餅などを供え、飾り物をし、母や台所でおせち料理の準備に大わらわ。祖母もあっちに走りこっちに走りして、なにかと動き回っている。そんなこんなで晦日の日は暮れ、夜になると、この日ばかりは子供達も遅くまで起きていてよいということになり、何が何でも年が変わることまでは起きているぞ、とみんなして意気込むのだが、九時を過ぎる頃からまぶたが重くなり、十時には最初の意気込みもすっかり勢いを失って布団に滑り込む。

元旦にはまだ暗いうちから、自宅の氏神様と近くの神社に詣でる。神社の空気はいつもに増して神聖さを増しているようだ。

一年に一度だけこんなにも神様を意識するのだが、どうもやっぱり、これが一番しっくりする気がする。私の神様は、やっぱり山の神様と田んぼの神様だ。
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一週間くらい前から、この日には掃除、次の日は黒豆を煮て、甘酒を造って、、、などと策略を練っていたら、クリスマスに98才になる親戚の叔母が他界した。

次の日は友引だというので二日間を自宅で過ごし、三日目に天に昇った。

大変気丈な人でやや気むずかしいところもあった。悔やみに行くと、天寿を全うして眠るように他界したせいか、寝顔のような死に顔であった。

この叔母は私の祖父の姉の娘であり、それほど近い親戚ではないが家が近いので割に親しくしていた。悔やみの席で亡くなった叔母の妹という人に初めて会った。93才になるという。この人もやはりしっかりした感じの人で、年に似合わず頭がしっかりしており、いろんなことを話してくれた。20分くらいもとうとうと話し続けた。ユーモアが分かる人でその話はとても楽しめた。若い頃に出会った人の話とか、病気になって医者とけんかした話とか、なまぐさ坊主をやりこめた話とか。後から後から思い出が頭に浮かんでくるらしい。人を楽しませる話だ。

母方の叔父にも物語の大変うまい人がいて、法事が楽しみだったものだ。叔父は、狐に化かされた話が一番面白かった。この叔父の兄も日常の些細なことでも物語のように話して、すっかり私は聞き入ってしまったものだ。

田舎の法事は親戚を沢山呼ぶし、昔は兄弟が多いしするので、法事となると25人くらいはいつも集まっていた。そこでこういう話のうまくて、話の好きな人が物語をしてくれる。それはたぶん、毎回似たような話だったと思うが、何遍聞いても私は大好きだった。昔も今も日々起こることにそれほど大きな変化はなく、昔のほうがドラマチックだったということはないと思うけれど、叔父や叔母の物語る世界はかなり劇的だ。

が、そんな叔父も叔母もすっかり他界してしまい、面白い話をしてくれる人はいなくなった。こうなっては私がその物語の術を引き継がねばなるまいて。
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今日は毎年恒例の、超常現象特集。絶対見るぞ~~。ああ、忙しい。早く仕事片付けなくちゃ。

UFOとか、妖精とか、宇宙人とか、この手の番組、大好き。特に宇宙人のはとても好き。広大な宇宙の中の地球に私たちがいるのだから、他の星に何がいたって少しも不思議じゃない。いないとする方がむしろ、傲慢というものだろう。

この手の番組でもう一つの楽しみは、出演者の議論。宇宙人が住民票を取って実際に地球に住んでいるとか、大槻教授の反論。いやはや、年末は忙しいわい。
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「虫たちのしつけが行き届かなくて申し訳ございません。

目立ちたがり屋の虫たちが、お客様がいらっしゃるとうれしくなって集まってきます。おとなしくしているように言い聞かせているのですが、言うことを聞かず、お客様には大変ご迷惑をおかけしております。
目に余るようでしたら、備え付けの網で浴槽の外に出してやってください。
虫のしつけ係」

家の近くの銭湯の、外の風呂にはこんな張り紙がしてある。

この感性が私は好きだ。こんな張り紙を貼る感性を持っているというだけで、この風呂に行こうと思う。

山に挟まれた道を進んで行くと、低い山の裾にこの銭湯はある。日本昭和村の入り口の横にある「里山の湯」という風呂だ。山に囲まれているのでいろんな虫がいる。小鳥も目の前の梢でさえずっている。この季節、目の前の山の斜面には赤や黄色に色づいた楓や、常緑の樫、杉などの緑が美しい。雪でも降れば墨絵のような風景が楽しめる。

温泉や銭湯は最近ずいぶん増えて、家の近くにも繰るまで30分以内のところにいくつもある。あでやかな造花を所狭しと飾っているところ、浴槽の近くに大型テレビを設置しているところ、趣向を凝らした浴槽を用意していたり、美顔やマッサージができるところなど、本当にいろいろな風呂がある。

私が風呂に求めるのは、広い空間と、山の景色、だけ。湯などは水道の湯でも温泉でもどっちでもよい。山々を眺めながら、広い風呂に入るのが好きなのだ。言い換えれば他のものは私にとって余分なもので、風呂桶なぞはでっかいのが一つでよろしい。泡ボコも要りません。ということになると周りにたくさんある風呂でも私が好きなところはごく限られてくる。

パンより絵や音楽で生きる種類の人間である私には、何を選ぶにしてもこの感性が第一の要素だ。

あの張り紙を見るだけでも、私は楽しく、心地よい。
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「三丁目の夕日」を見て涙す の巻

日曜の夜だったか、「三丁目の夕日」をテレビでやっていたので、映画館で観たものの、もう一度観るかと思って観ていたら、またまた同じところで泣けてきた。映画館で観たときは辺り一面おばさんばかりで、あっちでもこっちでも濁音が響いていた。

昭和初期の町の暮らしを描いたもので、観た人も多いと思う。小さな自動車修理店の家族を中心に、そこに住み込みで働く女の子と、店の前に住んでいる貧乏作家、そこに一緒に暮らす子供の日々の暮らしが描かれている。

テレビが修理店にやってきたところなどは私にも親しい記憶として残っている。好奇心が強い性格の父は、我が村でも比較的早くテレビを買った。テレビはフリンジ付きの緞帳みたいな高級そうな布が前面にかけてあって、ほこりがかからないようになっていた。近所からは夕方になるとテレビを観に人が集まった。我が家の居間は引き戸を全開にして、みんなでテレビを観たのだった。

初めて電話を引いたときも、思い出深いものがある。祖父は何しろ明治の生まれ。遠くにいる人の声が、まるですぐ側にいるように聞こえてくること自体、信じられないような心地だったに違いない。しばらくは電話にさわりもしなかったが、だいぶ立って、ようやく電話を使ってみようと思った頃は、まず電話の前に正座をして、ものすごくかしこまって、おもむろに受話器をはずし、丸いダイヤルをそろっと、丁寧に回したものだ。

そんな祖父母の時代には狐が人を化かしたり、田んぼに神様がいたりした。毎朝お日様が昇ることを有り難く思い、日が暮れると夕日を愛でた。
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