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輝く人

この年になって新しく、かつ素敵な出会いに恵まれるとは努々思っていなかった。しかし、今年は正月からおみくじ入りのケーキでそのおみくじが当たり、幸先がいいと思っていたら、昨日のことである。素敵に輝く人に出会った。別に頭が光っているわけではない。

一目見た瞬間から、大変聡明な輝きを感じて、是非お話を伺いたいと思っていたら、その願いも叶ってお昼を食べながらしばしお話しする機会に恵まれた。彼女の口からシュタイナー教育などという、かつて人の口からは聞いたこともない、私が大事に思っている言葉が発せられてすっかりうれしくなった。

幼稚園に行っているお子さんにはテレビを見せていない。7時に寝かせる。
この時代にテレビを見せないということはかなり大変だが、幼児期なら制御しやすい。私も娘らが小さいころは、流行しだしたテレビゲームを買わなかった。テレビも一日一つの番組、1時間以内、ということに決めていた。子どもから文句が出ると「うちはうちである」の一言で却下していた。下の子が小学校2年の時、中学校で英語を教えてくれないかという依頼があって、面白そうなので教えに行った。仕事自体はとても面白かったが、帰宅はいつも六時過ぎ。帰ると娘らはボーッとしてテレビにかじりついている。一年間は約束なので努めたが、二年目は失礼した。人の子の世話をしている場合ではないからだ。夜は八時になると、好きな本を一冊ずつ読んで、寝た。

彼女はまた、シュタイナー教育を信奉している。感性を大事にするシュタイナー教育は今でも健全に生きているんだなぁ、とうれしくなった。これとはやや異なるが同じドイツにバウハウスというのが戦前にあって、美術と建築を教える学校であった。そこでは人が本来持っている感性を高める教育がなされており、その実践の模様が「ザ・ニュービジョン」という本になって出版されていた。今はすでに無いこの本だが、大変知的に触発される本であった。知識を蓄える前に、本能として備わっている感性を磨くということは人として健全に生きてゆく上で最も基本的な、重要なことだと思う。子どもの教育も成績に的を絞るのでなく、感性を基礎として実践して欲しいと願うところだ。

というわけで、私と共通の価値観を持っている人に出会って、久しぶりに幸せな思いをした。末永いおつきあいをお願いできればと思う。実はこの方にはそのお母様に最初に出会った。この母にしてこの子あり、とはよく言われるが、なるほど、なるほど、、、

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」というパール・バックの言葉があるが、同じように、人は人間に生まれるのではない、人間になるのだ、と言い換えることもできると思う。周りにいる人が何を子どもに入力するか、この要素は人間形成にとって大きな要素だと思う。

また大人になってからも、素敵な人に出会うことで人生が豊になる。