いつも野ばら文庫をご覧くださってありがとうございます。とてもうれしく思っています。

春めいてきた陽光に誘われて、野ばら文庫を更に充実させるため、下記のURLに引っ越すことにしました。新しいサイトでも皆様と引き続き素敵なおしゃべりが楽しめることを祈っております。

野ばら文庫はマイルドにこちらにお引っ越しします! ←をクリックすると新しいサイトに元気にジャンプします!!
[PR]
今日は4月から始めるリビング・スキル英会話教室の教室説明会を開いた。春から3年生になる子と4年生になる子合わせて6人が、お母さんや弟さんと一緒に集まってくれた。

子どもの目はこんなにも澄んでいるんだ、と改めて感じるうれしい説明会だったが、計画したことが半分しかできず、ばたばたして終わってしまった。参加してくださった皆さん、すみません。

リビング・スキルは暮らしの言葉として英語を習うので、授業は基本的に英語で行う。子どもは最初のうちきょとんとしているが、あまり心配することはない。大事なことは日本語で言うし、この頃の子どもは言葉自体の他に表情や身振りなどあらゆることから情報を獲得するために、言葉自体を教えるより、英語の音やリズムを体得してもらうことが大切だ。このリズムと音を体で覚えてしまえば、口から言葉を出すのはたやすくなる。気の長い話だが、この時代には必要、かつ効果的だ。また文字についても、日本語のように口で言うとおりをつづる方法をこの年代に習得することで、知らない言葉でもちゃんとつづれるようになる。

家でも教室で習った英語を使ってお母さんが声をかけてあげて欲しいと言うと、或るお母さんから間違った発音をしたら心配だという声が上がった。実をいうと、学校で習うような英語の発音で英語を話している人はむしろ少ない。それぞれがそれぞれの個性を持って話している。その幅は日本人の日本語の癖の幅よりずっと広い。英語は世界中の人が使っているために、英語圏以外の人の話す英語はぎょっとするようなものがある。が、それなりに通じているのである。それは、ほとんどの国が同じアルファベットを使っているから、fとvとhの違いが、発音が悪いなら悪いなりにあるからだ。日本語にはこれら3つの文字をいずれもハ行で表記する。このあたりに気をつければ、発音はあまり問題はない。また、たとえ間違ったとしても、文脈で通じることは多い。区別するところだけを抑えておけば、世間でいわれているほど発音に気を使う必要は無いように思う。発音より何より、とりあえず口から言葉を出すことが肝心だ。間違ったっていいのだ。かなり怪しい英語がどれほど普通に使われているか、英語を第三外国語として使っている外国人の話を聞いているとよく分かる。バカボンではないが、それでいいのだ!
[PR]
外套
ゴーゴリ
平井 肇 訳
岩波文庫
友達のブンさんがロシア文学を読み始めたというので、胸にふつふつと懐かしさがわき上がって、大昔に読んだ、そして今も大好きな、ゴーゴリの「外套」を本棚の奧から引っ張り出してみる。これはうだつの上がらない万年9等書記官のアカーキイ・アカーキエヴィッチの物語である。
「或る省の或る局に・・・併し何局とはっきり言わない方がいいだろう。おしなべて官房とか聯隊とか事務局とか、一口にいえば、あらゆる役人階級ほど怒りっぽいものはないからである。今日では総じて自分一個が侮辱されても、なんぞやその社会全体が侮辱されでもしたように思いこむ癖がある。」-本文より引用
冒頭の引用だけでロシア文学であることが分かるほど、ロシア文学にはその文体に特徴がある。とにかく、何を描写する際にも、微に入り細を穿っているのである。このようなごく微少な砂粒のようにも思われる一つひとつの言葉を膨大に集めることによって大きな精密画が描かれる、ロシア文学はそんな感じがする。一つひとつの言葉が愛おしくなる。
この話はそれ自体も大変好きだが、この訳文がとても良い。訳文に使用してある漢字一つひとつ、言い回し一つひとつの細やかさを充分堪能して欲しい。日本語が本来のまろやかさを失っている今日ではなかなか味わえない文章だ。
これは1938年の初版である。あの時代だからこそできた訳文かもしれないと思うと、ちょっと悲しい。それとも、今以てこの本が出版されているということに幸運を見いだすべきか。
[PR]
# by cahiersauvage | 2011-02-28 21:31 | 本の紹介
先日、6年前に買ったファンヒーターが故障したので近くの家電販売店に修理に持って行った。

「修理できるのは5年までなんですが。」という修理担当者の答えを聞いたとたんに、わが胸の内には怒りの炎がめらめらと燃え上がった。5年とはなんだ!

もう何年も前になるが、14年も使った洗濯機が故障したので修理に出したら、さすがにもう部品を製造していないということで修理はかなわず、新しいものを購入した。14年の間に消耗品を二度交換しただけで、何の問題もなく良く働いてくれた洗濯機だ。衣類乾燥機もやはり10年を超えて稼働している。我が家にある電気製品はすべて修理しながら10年以上使ってきたが、この数年というものは新しいものの方が古いものより早く壊れる。修理に出そうとすると、物によっては新品を買うほども取られ、言外に買い換えをそそのかされる。

たとえ家電製品でもあるいはただのプラスチックの箱でも、長いこと使っていると角が擦れたり暮らしの傷が付いたりして味わい深くなり、愛着がわいてくるものだ。新品のものよりわたしは使い古した品物が好き。だから、あちこちを直して少なくとも10年は一緒に暮らしてきたのに、このごろでは5年しか一緒に暮らせないようになったらしい。

実はわたしは、多分みんながびっくりするような記録を持っている。10万キロが寿命であるといわれる車に24万キロを超えるまで何の問題もなく乗ったのである。もっともこれは大いに修理技術者が優秀であったせいだが、10万キロという世間の常識にめげずに大事に乗ったというわたしも偉い!実際、そんなに乗った人は初めてだというので自動車会社のホームページに掲載されたくらいだ。ホンダのロゴである。その後12年物の、今では希少価値さえあると思われるロゴに買い換えて、13年目の今も全く問題なく動いている。

物でも人でも、長く一緒にいると情がわいてくる。ちょっとくらい修理代がかかっても、見ず知らずの新しい物とまた一からやり直すよりも、慣れたものの方がよほど楽だ。こんなわたしの願いも、最近はかなわないものとなりつつある。
[PR]
# by cahiersauvage | 2011-02-28 08:36 | 考える
「おかえり」の 笑顔のために 仕事する
フナチュー
第一生命サラリーマン川柳より転載
[PR]
# by cahiersauvage | 2011-02-27 20:09 | 今日の一言
人生という本にはうしろのほうに答えがかいてあるわけじゃない 

チャーリー・ブラウン
[PR]
# by cahiersauvage | 2011-02-27 08:30 | 今日の一言